FARM
23区唯一の牧場
小泉牧場
23区最後の牧場「小泉牧場」
東京の練馬区、大泉学園駅から
徒歩10分ほどの場所にあるのが、
東京23区最後の牧場である「小泉牧場」です。
※東京都酪農業協同組合HPによると現在牧場は37箇所のみになりますが、
23区は小泉牧場だけです。
家やアパートが密集する住宅街のど真ん中に
小さな牧場があります。
昔ながらの木造の牛舎には
29頭ほどの牛が飼われています。
牧場は一般開放されており、
いつでも牛たちの様子を見たり、
子牛たちに触れ合ったりできます。
穏やかな雰囲気に包まれており、
地域に住む人たちはもちろん
遠方からの訪問者も絶えません。
いつも笑顔の
小泉牧場3代目小泉勝さん
3代目の牧場主現在の牧場を営むのは
小泉牧場3代目の小泉勝(まさる)さんです。
いつも元気で、牧場を訪れる人には
積極的に声をかけて、
酪農の楽しさを明るく熱く話してくれます。
しかし、昔は決して
オープンな性格ではなかったと言います。
一般的な牧場の場合、衛生管理のために
一般の人は立ち入り禁止の場合が多く、
中を見せることはほとんどありません。
その結果、地域の繋がりは希薄になります。
小泉牧場も昔はそうでしたが、
牧場を一般開放するようになり、
色々な人たちと触れ合うようになったことで、
小泉さんも徐々に
笑顔で迎え入れるようになっていったそうです。
そして、大きく変わるきっかけになったのが、
子どもたちに酪農の体験授業を行う
「酪農教育ファーム」でした。
子どもから大人まで
多くの人たちと話すようになって、
職人気質で閉じこもっていてはいけないと
感じたそうです。
「酪農を知らない人にも心を開いて話していたら、
みんなが応援してくれるようになりました。
自分たちが気づかなかった酪農の魅力を
子どもたちから教えてもらうこともありました」。
東京都内、それも23区という都会のど真ん中で
酪農を行うのは簡単なことではありません。
実は昔は東京にはたくさんの牧場があり、
日本の酪農のメッカのような場所でした。
しかし、人口の増加にともなって
牧場の周りに住宅が増え、牧場の匂いなどによる
クレームが絶えず、多くの牧場がやめていきました。
小泉さんが来訪者を笑顔で迎え入れていることが
今日まで牧場を維持できた理由のひとつであることは
間違いありません。
続けるために牧場を縮小
順調に牧場をやってきましたが、3年前に牧場を
縮小しました。
それは遺産相続のためです。
都会で酪農をする上で遺産相続は
大変な問題になります。
都会に広い土地を持っていると、
遺産相続の際に多額の相続税がかかります。
土地はあっても現金がない。
そんな状況になって泣く泣く牧場を手放す
ということが都会の牧場ではよくあります。
「3代にわたって守り抜いてきた牧場を簡単に
手放したくない」。
小泉さんは牧場を半分に縮小し、
残りの半分のスペースを終末医療を行う
ホスピスにすることにしました。
牧場を小さくするのは
苦渋の決断だったと言いますが、
牧場を維持するために必要な選択でした。
東京は酪農のメッカだった
昔は東京23区にもたくさんの牧場がありました。
江戸時代が終わって明治になった際、
武士だった人たちは一気に仕事がなくなりました。
そこで彼らは西洋から入ってきた新しい仕事、
酪農を始めるようになったといいます。
酪農は今でいうITベンチャーのような
仕事だったそうで、武士以外にも新しい物好きだった
多くの人が参入したと言います。
明治の小説家、芥川龍之介の父親や、
歌人で小説家の伊藤左千夫も
東京で牧場を営んでいたり、歴史的にも
様々な著名人が東京で酪農に関わっていました。
多くの人たちが東京で酪農を始め、
牧場は爆増したといいますが、次第に匂いや
スペースの問題から牧場は郊外へと移っていき、
現在のような状況に至ります。
今でこそ、牧場といえば、牧歌的で、
郊外の広い牧場をイメージする方が
多いと思いますが、実は東京のど真ん中が
酪農のメッカだったということです。
そして、その一世を風靡した東京の酪農で、
最後に残ったのが小泉牧場なのです。
だからこそ、小泉牧場が生き残る選択をしたのは
歴史的にみてもとても意味がありました。
小泉牧場の牛乳をつくりたい
実は小泉牧場のある大泉学園と
武蔵野デーリーがある吉祥寺はとても近く、
自転車で20分ほどで行くことができます。
全国の牛乳をあつめて販売するお店を
営んできましたが、地元の牛乳を探していたところ、
小泉牧場にいきつきました。
まさか23区に牧場があるなんて盲点でした。
しかも、ただ東京にあるだけではないんです。
小泉牧場は牛たちをとても大切に育てています。
現在、家畜を生きている間できる限り
ストレスなく育てようという
「アニマルウェルフェア」の思想が国際的に広がり、
「牛舎で、首を繋いでいる飼い方はよくない」
ということをいう人もいます。
私もかつてそう思っていた時もありました。
でも、小泉牧場に出会ってから
「牛舎、繋ぎだからよくない」というのは違うなと
感じました。
小泉牧場に行くとわかります。
牛たちはとてもいい顔をしています。
そして牛舎も牛たちもとてもきれいです。
匂いを気にする地域住民のためもありますが、
牛の健康やストレスも考えて、毎日5回もうんちの
掃除をして、常に牧場はきれいにされています。
また、定期的に牛にもブラッシングをしています。
そして、何より牧場主の思いです。
小泉さんはよく
「牛は飼うのではなく、育てる」と言います。
牛を単なる家畜と見ず、大切なパートナーとして
接しています。
小泉さんだけでなく、
近隣の方々はじめ多くの人たちが牛たちを日常的に
可愛がっているからこそ、
小泉牧場の牛たちはとても人懐っこくかわいいです。
都会で酪農を行うのは決して簡単とは言えませんが、
人が多い場所の特性に合わせながら工夫し
大切に育てています。
小泉牧場で育った牛たちは幸せだなと感じます。
それでもミルクは飲めない
こんな素敵な牧場ですが、
牧場単体のミルクを買うことができません。
全国のほとんどの牧場でも同様ですが、
農協がトラックでミルクを集めて、
乳業メーカーに販売されています。
その中で、たくさんの牧場のミルクが
混ぜられてしまいます。
みなさんが普段飲んでいる牛乳のほとんどは
たくさんの牧場のミルクが混ざっています。
でも、実は牧場ごとに味が違うんです。
牧場によって育て方や、
食べるエサなどのバランスもあり、
どこも個性的な味になっています。
こだわっている牧場ならなおさら味が際立ちます。
以前、小泉牧場の搾りたてのミルクを
特別に飲ませてもらったことがありました。
とてもあまくきれいな味でした。
小泉さんが大切に育て、地域の人たちが
可愛がっているからこその
優しいミルクだなと感じました。
たくさんの人が住む東京23区に、
こんな素敵な牧場、おいしいミルクがあるのなら、
牧場単一の〝シングルオリジン〟の牛乳を
作って飲んでもらいたい。
そう思ったことが、CRAFT MILK’S PROJECTの
スタートでもありました。
23区最後の牧場のミルクでつくる
牛乳、ヨーグルト、アイスクリーム
今回のプロジェクトでつくるのは小泉牧場の
〝シングルオリジン〟のミルクを使った
牛乳、ヨーグルト、アイスクリームの3つです。
牛乳
小泉牧場の搾りたてのミルクは
甘くてとてもおいしいです。
その味をなるべく損なわないように低温殺菌、
ノンホモジナイズ(牛乳の脂肪を均質化する作業を
しない)のミルクを作ります。
ヨーグルト
牧場で搾られた新鮮なミルクを使った
ヨーグルトも作ります。
すっきりした甘さのあるミルクの風味を
なるべくいかせるようにしています。
アイスクリーム
小泉牧場の搾りたてのミルクを使った
アイスクリーム。
実は小泉牧場ではもともとアイスクリームを
販売していましたが、
数年前に販売をストップしてしまいました。
復活を望む声が多かったことから
今回アイスクリームも作ることにしました。
地域の小さな酪農のあり方を目指して
牛乳といえば、
北海道を思い浮かべる方も多いと思います。
ただし、北海道のミルクを東京で飲むためには、
トラック、船、飛行機などで運ばれて
多くの人が関わります。
でも、東京にもおいしいミルクがあるんです。
せっかくなら、近くて顔の見える牧場のミルクも
飲みたくないですか。
近くにおいしい牛乳があるのに飲めないという
不思議な構造にとても違和感をもちました。
近くの牧場の牛乳を日頃から飲み、
たまにふらっと牧場に行って牛と触れ合ったり、
牧場主と話したり。
そういった日常の中にある、
意味あるミルクを作りたいと思いました。
搾乳体験をしても、そのミルクは飲まず、
スーパーで普通のミルクを買って飲む。
それももちろん意味がありますが、
食育と日常で飲むミルクが一緒になったら
もっと食のことを自然と考えるように
なるのではないかと思います。
23区ど真ん中にある小泉牧場の
CRAFT MILKなら、都会ならではの
新しい酪農の形をしめせると思います。
(文・木村充慶)